@article{oai:ksu.repo.nii.ac.jp:00001455, author = {若井, 勲夫 and WAKAI, Isao}, journal = {京都産業大学論集. 人文科学系列}, month = {Mar}, note = {筆者は「神護寺蔵『和気氏三幅対』の成立と訓釈」を本誌四十六号(平成二十五年三月)に、続いて、その補訂を同四十八号(同二十七年三月)に発表した。これは江戸時代初期に和気清麻呂の後裔の半井瑞雪が高雄山神護寺の開創者である和気清麻呂、和気医道を盛り返し和気氏中興の祖とされる定成の子である時成、その子基成、の三名の肖像画に賛偈を禅僧に書かせたものを当寺に寄進したものである。筆者はその偈(漢詩)について題詞、本文、左注を解読し、訓読して書き下した上に、現代語訳と語釈をつけた。また、その賛が出来上る経緯と揮毫者について考証、解説した。補訂では半井瑞雪の系図上の位置づけを確証し、併せて二、三の問題を修正し補足した。さらに、徳川家光が半井成忠(瑞堅)に与へた狩野三兄弟の「三幅一対」が右の「三幅対」と同一であるかについて論述したが、それを証する史料が不足し、課題を指摘するに留めた。  本稿は右の二編に続いて、さらに補足、訂正する点が出てきたので、再び補訂版とするものである。以下、その要点を箇条書きで記す。  (一)和気時成像の偈をそのまま右から左に読んで解釈してきたが、これは全く初歩的な誤りであった。対聯、二幅対、三幅対で向って右に位置するものの書法は左から右に書くことになってゐる。そこで、全面的に読み直して、訓読、現代語訳、語釈を改めた。その際、一部の解釈を考証し直して修正した。  (二)この三幅の肖像画は半井家と神護寺で「三幅対」として伝へられてゐる。今回、偈の書き方だけでなく、文字の作法、初稿で触れた衣裳や坐り方などにより、明確に三幅が一対となって描かれてゐることが確実となった。  (三)和気真人(清麻呂)像の偈について、一ヶ所、訓みを改め、語釈でその是非を語法の点から考証した。また、「和気真人」は清麻呂であり、平安前期の和気時雨ではないことは前々稿で述べたが、「法眼」の称号について説明し、改めて右の補足とした。  (四)和気基成像の偈について、一ヶ所、対句の表現であることを明確にして、訓みを改め、語釈でその解説をした。また、基成の伝記的な説明を少し付け加へた。  〈付記〉本稿は正篇の補訂版に続いて再度の修正である。本論集の論文は機関リポジトリとして広く公開されてゐる。特に今回は、賛偈の読解の基幹に関はる重大な問題であり、これをこのまま放置することは誤った内容が広まる恐れがある。よって、ここに「続補訂」として発表することにした。}, pages = {538--531}, title = {神護寺蔵「和気氏三幅対」の成立と訓釈(続補訂)}, volume = {49}, year = {2016} }